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嘘はつくけど正直 
タイトルの「嘘はつくけど正直」

これは筑波大学の古田教授という方が言われたフレーズなのだけれど
すごく矛盾してるようでいて、実はすごく的を得ていて感心した。
古田教授という方は、朝鮮史にお詳しい第一人者の方ですが

例えばこれは2013年に書かれたコラム。→コチラです

なんだかもうバッサバッサと付け入る隙のない論調なのですが(^^;
この古田教授は韓国に住まわれ教鞭を取られたご経験もあり
韓国の事をよく知ってる知韓の方でもある。
詳しいご経歴などはwikii参照


で、この方が言われた「嘘はつくけど正直」
というのはどのような事なのか・・・?

多分、「自分の気持ちに正直」ってことなのかな。
自分が、「こうと信じる事」または「信じたい事」に正直なのだろう。

例えば、自分が良いと思って使ってるお化粧品や
体に良いとか美味しいとか思ってる食べ物があるとしよう。

そう感じるのはあくまでその人の価値観だ。

その化粧品の香りが好きじゃない、とか、アレルギー持ってるから私の肌には合わない、とか
濃い味だから口に合わないとか、まじぇまじぇするより素材そのものの味をシンプルに食べる方が好きなのよ、とか
そういう気持ちを持ってる相手がもしかしたらいるかもしれない。

アナタはアナタ
私は私

つまり多様性の容認というのかなぁ・・
そこが多分決定的に違うんだろうと思うのだけれど・・


なぜ多様性が容認できないのかなと考えると
私が思うには(合ってるかどうかはわかんないけど)
根底に、相手との「対等な関係」ではなく「上下関係」の意識があるからなんじゃないかと。

親が子供に「親の言う事を聞いてたら間違いないから」と言うみたいな感じ?
ある程度の年齢になって自我が芽生えたら、子供といえども尊重するけどね

または先輩が後輩に「オレの勧めた酒は飲めないのか」みたいな感じ?
お酒飲めないんだよねーとか、そっちのお酒よりこっちのお酒の方が好きなんだけどーとか
そういう相手の気持ちには配慮なし、みたいな。

でも勧めてる本人は
これが正しい!正しい事を教えてやる事のどこがいけないんだ。
正しい事を教えてあげたいと思う自分の気持ちに正直なだけだ。

まー、日本ではわりとこういう行動は
「押し付けがましい」「ゴリ押し」といって嫌がられるけどね。

相手を対等な立場の人だと認めれば
「私はこれが気に入ってるんだけど、あなたはどう思う?」
ってまず聞く。

相手が興味を示したり、乗ってきたりすれば
もっと詳しく教えてあげたらいい。

根底に、相手がどう思うかをまず尊重する、という意識があるかどうか、というのはつまり
相手を対等な人だと認め、敬意を持って接する、という事なんだろうなと思う。





ちなみに
「疑う事をしらずなんでも信じる」事を「純粋」だと履き違えてる人もいるけども
これは純粋というのではなく「無知」「愚か」って事だとも思う。

あと、人懐こいとか情に厚いとかってのも
見方を変えれば
「自分と他人との距離の取り方が下手」
「自分と他人との区別がつかない」←自分が思う事は相手も思ってるはず、と思い込む

って事なんだろうな、と思う。

仮に、自分は本当はこう思ってるんだけどな・・って違う価値観を持ってる人がいたとしても
みんながこう思ってるなら私もこう思わなきゃいけない。って社会的風潮がつよければ
違う価値観を発言しにくい。

発言ができないってことは、消極的賛成と同じ事なのよね。



昨今の世界情勢を見聞きするにつけ
まあ色々と思うところはあるのだけれど、ここでは言いますまい(^^;

ただね、そっちのルビコン河渡る前に、よくよく考えた方がいいよ、と
老婆心ながら、かの国に対して日本の端っこで思うわけですよ。

もう引き返せないだろうなとほぼ諦めてもいるけどね。

民主主義がむいてないのに民主主義を装ってる国もあれば
グローバル化がむいてないのに、グローバル化に進まされてゆく国もあり・・
いろいろ、何だかなあ、と思う今日このごろ・・。









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